
「週末に穂高へ行きたいのに、予報がずっと曇りと雨で決めきれない」
そんな週の後半を、何度も過ごしてきました。天気図とにらめっこして、直前まで行くか止めるかを決められない。あの落ち着かなさは、山を計画したことがある人なら覚えがあるはずです。
結論から言えば、予報が曇りでも山行そのものを捨てる必要はありません。捨てるべきなのは、その天気では成立しない「当初の計画」のほうです。行程を短くして、雨と雨のあいだに体をねじ込む。この組み替えができるかどうかで、山に行ける週末の数は大きく変わります。
私は理学療法士(PT)として10年以上、人の体の使い方を見てきました。あわせて登頂は140座以上、テント泊も重ねています。その経験から言うと、天候による計画変更でいちばん大切なのは、短くした行程が体に見合っているかどうかです。距離を削っても、削ったぶんが急登に化けていれば負担は減りません。
この記事では、台風の余波で2泊3日の穂高縦走をあきらめ、上高地から北穂高岳の1泊2日へ組み替えた記録をお伝えします。日本でも指折りの高所にある北穂高小屋の泊まり心地と、南稜の登り下りが体にどう響くかというPTの視点も添えました。天気に振り回されている週末の、判断材料になればうれしいです。
そもそも北穂高岳はどんな山?──槍を見るための特等席
北穂高岳は標高3,106m、北アルプス穂高連峰の北端にあります。南峰と北峰が並ぶ双耳峰で、最高点は南峰。登山者が山頂標識の前に立つのは、小屋のある北峰のほうです。北へ目を向ければ、国内屈指の難ルート大キレットが槍ヶ岳へと一直線に続いていきます。
体への負担という点では、この山は登りの標高差より、行程の長さと足元の険しさがこたえます。
- アプローチが長い。横尾までの約11kmはほぼ平坦な道が続き、歩けてしまうぶんここで脚を使い切りやすい
- 消耗した脚のまま急登に入る。涸沢から上は鎖とスラブ、長い梯子が連続する
- 3,000mを越える。ゆっくり登っても頭痛や吐き気が出る人はいる。症状が出たらそれ以上は登らず、休んでも軽くならないなら高度を下げる。改善しなければ小屋のスタッフに相談し、救助要請も検討する
- 下りで技術が要る。登りでは気にならなかった段差が、下りでは体を預けにくい
つまり、体力の山と技術の山の両方の性格を持っています。装備と経験が伴わないまま入ると危ない、という前提は外せません。
それでも私がこの山に惹かれるのは、槍ヶ岳の見え方です。槍が見える山は数えきれないほどありますが、私が飛び抜けてかっこいいと思っているのは2つだけ。双六岳から見る槍と、ここ北穂高岳から大キレット越しに見る槍です。ぎざぎざの稜線をずっと目でたどっていった先に、あの穂先が立っている。写真で何度見ても、実物の前に立つとやはり声が出ます。
以前このブログでは、6月の残雪期に涸沢テント泊で北穂高岳へ登った記録を書きました。あのときは雪とアイゼンの話が中心で、山頂直下の北穂高小屋については「憧れの存在」として触れただけです。今回はその小屋に泊まった話になります。時系列としては残雪期の山行より前、夏道の北穂です。
コースとプラン|上高地から北穂高岳へ、1泊2日のピストン

今回歩いたのは、上高地を起点に涸沢を経て北穂高岳を往復する1泊2日のプランです。まずは基本データを整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 山・標高 | 北穂高岳 3,106m(穂高連峰・最高点は南峰) |
| エリア/起点 | 北アルプス/上高地(あかんだな駐車場からバス) |
| 総距離 | 約32km(上高地からの往復) |
| 累積標高 | 登り・下り 各約1,600m |
| 標準コースタイム | 上高地→北穂高岳の登りだけで約9時間20分 |
| 今回の行程 | 1泊2日(北穂高小屋泊・ピストン) |
| 泊まった小屋 | 北穂高小屋(要予約/富士山を除けば日本最高所) |
| 核心部 | 涸沢から上の南稜(スラブ・鎖・長い梯子) |
| アクセス注意 | あかんだな駐車場はゲートが4時開門。始発バスの時刻は時期で変わるので要確認 |
距離と岩場の両方がかかってくるルートです。標準コースタイムは登りだけで9時間20分あり、終盤は鎖と梯子の岩稜になります。歩行距離を歩き切る体力と、岩場で手足を使える技術の両方が必要で、登山を始めたばかりの方や、体力が戻りきっていない時期には向きません(北穂高小屋のルートガイド)。
実際に歩いた行程は次の通りです。
| 日程 | 時刻 | 地点 |
|---|---|---|
| 8月18日 | 5:50 | 上高地バスターミナル 出発 |
| 8:40 | 横尾 | |
| 9:30 | 本谷橋 | |
| 11:00 | 涸沢カール(12:15 行動再開) | |
| 15:30 | 北穂高岳・北穂高小屋 | |
| 8月19日 | 7:15 | 下山開始 |
| 9:00 | 涸沢カール(10:15 行動再開) | |
| 11:15 | 本谷橋 | |
| 12:00 | 横尾(12:25 行動再開) | |
| 15:00 | 上高地バスターミナル |
初日は涸沢で1時間15分の大休止を取っています。上高地から涸沢までで脚を使い切らないことが、その後の南稜を登り切れるかどうかを分けます。ではなぜ縦走をやめてこのプランにしたのか、というところから書いていきます。
台風の余波で、2泊3日の縦走を1泊2日に組み替えた
ここからは2019年8月の記録です。計画は当初、8月17日から19日の2泊3日で穂高連峰を縦走するというものでした。それが崩れたのは、8月15日に広島県へ上陸した台風10号の影響です。
上陸後の台風は温帯低気圧に変わっていました。それでも余波は残り、前線が停滞して天気が読みにくい状態が続きます。予報は日ごとに表情を変え、直前まで決められませんでした。
最終的に頼りにしたのは、雨と雨のあいだでした。
| 日付 | 予報 | 判断 |
|---|---|---|
| 8月17日 | 不安定 | 初日を捨てる |
| 8月18日 | 曇り | ここから入る |
| 8月19日 | 曇り | 下山まで持たせる |
| 8月20日 | 雨 | この日は山にいない |
4日分を並べてみると、確実に雨とわかっているのは20日だけでした。逆に言えば、18日と19日は曇りで持ちこたえる可能性が高い。それなら3日を2日に詰めて、縦走をやめて北穂高岳のピストンにすればいい。そう組み替えました。
決め手になったのは、直前の土曜に北穂高小屋へかけた1本の電話です。予約が取れると分かった時点で、計画は現実のものになりました。
天候による中止の判断そのものについては、台風接近の富士山で撤退した失敗談にまとめました。あちらは「引き返す」判断、この記事は「組み替える」判断です。
上高地から涸沢へ──初めての憧れの地
深夜2時前、あかんだな駐車場のゲート前に着きました。ゲートが開くのは4時。列に並んだまま仮眠を取り、アラームで起きて入場、駐車して4時50分発のバスに乗ります。
このゲート前の数時間が、実はその日の行動を左右します。前夜の寝不足は、登りよりも下りに出るからです。しかもゲート前は、駐車場に入ってから眠るのと違って、列に並んだまま短い時間で仮眠を取ることになります。眠りをどう確保するかは登山の前泊・車中泊にまとめました。

上高地に降り立つと、朝霧が川面に低く垂れていました。これから天気が下り坂だとは思えない静けさです。
実はこのとき、人生で初めての上高地でした。登山を始めて2年目の夏です。1年前、北アルプスデビューで登った西穂高岳の稜線から、この谷を見下ろしていました。あのとき憧れた場所に、ようやく自分の足で立ったことになります。
日本とは思えない、という観光客のような感想を抱いたまま歩き出しました。横尾までの3時間弱は、あっという間でした。今でこそ穂高の玄関口であり通過点ですが、上高地はやはり少し特別な場所です。

横尾に着くと、ここから本格的な登山道に入ります。吊り橋を渡るときの「いよいよ」という感覚は、何度味わってもいいものです。

横尾谷沿いに進むと、左手に屏風岩が現れます。幅およそ1km、標高差600mに達する日本最大級の岩壁で、前穂高岳の北尾根の末端にあたります。いくつものクライミングルートを持つ、日本のアルパインクライミングの象徴のような場所です。歩いて登る側からすると、ただただ見上げるしかありません。

そのまま進むと本谷橋です。橋を渡った右岸が休憩適地になっていて、多くの人が足を止めます。この先からきつい登りが始まるので、休むならここが最後の穏やかな場所です。
1時間ほど登ってSガレを過ぎると、ついに涸沢カールが見えてきました。これも人生初の涸沢です。興奮しながら一歩ずつ高度を上げていくと、上空にヘリが飛んでいるのが目に入りました。

涸沢小屋まで上がると機体がはっきり見えます。底面にはJA220Eの文字。長野県警のヘリコプター「やまびこ2号」がパトロールに来ていました。この谷では、こうした機体が日常の風景の一部です。
涸沢小屋で軽食を取り、ひと息ついてから北穂を目指します。
涸沢から北穂高岳へ──南稜の鎖と長い梯子
涸沢小屋の裏手から登り始め、北穂南稜ルートに入ります。ここから山頂までが、この日の核心です。
登り始めてしばらくは、花の多い斜面が続きました。

8月半ばの涸沢から上は、夏の花と実りが同時に見られる時期です。青紫のトリカブト、白い穂を伸ばすオンタデ、黄色いアキノキリンソウとハンゴンソウ。ベニバナイチゴは赤い実をつけていました。登りがきついぶん、足を止める口実になってくれます。
南稜の取付からは、スラブに鎖、そして長い梯子と、高度を稼ぐための道具立てが次々に現れます。手を使う場面が増えるので、ザックの重心が高いと振られやすい区間です。

振り返ると、向かいに奥穂高岳から吊尾根、前穂高岳が並んでいました。晴れてはいませんが、曇天に浮かぶ稜線もこれはこれで凄みがあります。

そして15時30分、北穂高岳の山頂に到着しました。結果は、完全なガスの中。眺望はお預けです。
長い登りを終えてこれでは、と思わなくもありませんでしたが、曇り予報を承知で入ったのだから当然でもあります。ここで落胆しきらずに済んだのは、この日の宿が山頂の目と鼻の先にあったからでした。
日本最高所の山小屋に泊まる

北穂高小屋は山頂のすぐ下に建っています。富士山を除けば、日本でいちばん高いところにある山小屋です。この日はここに泊まりました。
荷物を整理して、ふと窓の外を見ると、ガスが少し切れていました。

遠くに常念岳が浮かんでいます。外に出てみると、さらに視界が開けていました。

登っているあいだはまったく見えなかった涸沢カールが、足元にはっきりと広がっています。山頂で眺望ゼロだった数時間後にこれが見られる。山の天気は、諦めた後に表情を変えることがあるという見本のような夕方でした。
小屋泊の楽しみのひとつは食事です。

この日の夕食は豚の生姜焼きでした。3,000mを越える場所で温かい食事が出てくることのありがたさは、ここまで自分の足で登ってきた後だと一段と身にしみます。
しばらくくつろいでから談話室に戻ると、夜食の提供が始まっていました。持参したウイスキーがあったので、チーズと生ハムのセットを注文します。

小屋に置いてあった山雑誌をめくりながらの一杯は、山小屋の夜の贅沢そのものでした。
そして、泊まってみて初めて分かったことがあります。私が泊まった日の談話室は、山を長く楽しんできた人ばかりでした。
標高が高く、どのルートから来ても登りごたえのある場所です。そのぶん、その晩に居合わせた人たちは経験の厚い方が多く、話は自然と山のことばかりになりました。どこの稜線がよかった、次はどこへ行く。話題が尽きないまま夜が更けていきます。前回の記事で私はこの小屋を「憧れの存在」として書きましたが、実際に泊まって印象に残ったのは景色でも食事でもなく、この談義の時間でした。
もちろん、これはたまたまその日に居合わせた顔ぶれの話です。初めての人が入りにくい小屋という意味ではありません。
山小屋で眠れないという悩みを抱えている方は、富士山の山小屋で眠れない理由と対策もあわせてどうぞ。標高が高い小屋ほど、呼吸が浅くなって目が覚めやすくなります。
朝焼けは不発、朝食のあとに快晴が来た
翌朝の予報も曇りでした。それでもわずかな可能性にかけて、早起きします。
まだ暗い4時30分に小屋を出ると、ひんやりと冷たい空気に包まれました。8月です。それでも3,000m級の高所では、朝はしっかり冷えます。
4時50分、日の出時刻を過ぎました。朝焼けもご来光も、結局は現れません。覚悟していたので、やっぱりな、と思いながら空を眺めていました。

ただ、そのかわりに出会えたのがこの景色です。厚い雲のすきまからわずかに日が差し、雲の上に槍ヶ岳が浮かんでいました。狙った絵ではありませんが、幻想的という言葉がそのまま当てはまります。山の表情の豊かさに、素直に感動しました。

朝食は目玉焼きとウインナー。シンプルな献立ほど、山小屋で食べると格別に感じます。
そして食事を終えて外に出ると、望外の快晴が待っていました。

大キレットの向こうに、槍ヶ岳が大迫力で立っていました。前の晩まで何も見えなかった場所です。

見上げた空は、青がどこまでも深くなっていきます。宇宙の縁に近づいたような色でした。

奥穂方面もくっきり見えます。

前日はまったく見えなかった笠ヶ岳も、この通りです。

同じ山頂標識の前に立ってみると、前日とはまるで別の場所でした。ここまで晴れることは想定していなかったので、結果は大満足です。
曇り予報の隙間を狙った判断は、間違っていませんでした。もっとも、これは運が良かった側の結果でもあります。前日の山頂のように、何も見えないまま終わる可能性のほうが高かったことは書き添えておきます。それでも山に入っていなければ、この朝の空は見られませんでした。
下りは登り以上に慎重に
7時15分、下山を開始しました。
登りでは難しさを感じなかった道も、下りになると話が変わります。足元が見えにくく、体を預ける方向が変わるためです。

長い梯子と鎖を、三点支持で一段ずつ下っていきます。登りで腕を使いすぎていると、この下りで支えが利かなくなります。前の晩に温存しておいた余力が、ここで意味を持ちました。
9時、涸沢カールまで無事に下り切りました。

行きは素通りしていた涸沢ヒュッテに立ち寄ります。早起きしているので感覚としては昼食ですが、時計はまだ9時30分。

いわゆる朝ラーの状態で、醤油ラーメンをいただきました。

そしてテラスで、おでんとビール。この1杯は、どんなビールよりも美味しく感じます。しっかり休憩を取ってから、残り半分の下山にかかりました。
横尾から上高地へ──猿に先導され、最後は雨
12時に横尾まで下ると、ようやく一安心です。ここから先は平坦な道が続きます。

横尾から先は、しばらく猿に先導されながら歩きました。急ぐ様子もなく、道の真ん中をゆっくり進んでいきます。
徳沢を過ぎたあたりで、朝の快晴が嘘のように雨が降り始めました。予報どおり、天気は下り坂に戻っていきます。レインウェアを着て歩いていると、小梨平の手前で足が止まりました。

雨に濡れた森に霧が立ちこめ、光の筋が差し込んでいます。晴れていたら見られなかった景色です。15時、上高地バスターミナルに到着しました。
この山行は、最初から最後まで天候に振り回されました。縦走をあきらめ、山頂ではガスに包まれ、朝焼けにも振られました。それでも、夕方の涸沢、雲に浮かぶ槍、朝食後の快晴、そして最後の雨の森と、同じ2日間でこれだけの表情に出会えました。山の面白さを再確認した山行です。
まとめ:曇り予報でも、行程を組み替えれば山は残る
天候に振り回された2日間を振り返ります。

- 天気が読めない週末は、行くか止めるかの二択にしない。縦走をピストンに、テント泊を小屋泊に組み替えれば、雨と雨のあいだに山行を収められる
- 組み替えたら、1日あたりの負担が増えていないかを必ず確認する。日数を削っただけでは、体は楽にならない
- 北穂高岳は、体力の山と技術の山の両方の顔を持つ。長いアプローチで脚を使い切らないこと、鎖と梯子で腕を使い切らないことが、下りの安全につながる
- 北穂高小屋は、富士山を除けば日本最高所の山小屋。私が泊まった晩は経験の厚い人が多く、談話室での山談義がいちばんの思い出になった
- 山の表情は、諦めた後に変わることがある。山頂で眺望ゼロだった翌朝に、大キレット越しの槍ヶ岳が待っていた
天気予報が曇りに変わっただけで、その週末の山をまるごと手放していませんか。計画のほうを天気に合わせて削れば、行ける山はまだ残っています。次の週末、予報とにらめっこしているなら、行程表を1枚書き直してみてください。