膝関節の側面図と下山時に膝前面へ向かう体重荷重と剪断力のベクトルを示した図解

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「登りは平気だったのに、下りで膝がズキッと痛む」——

そんな経験はありませんか。山頂を踏んだ達成感も束の間、下り始めて少し経つと膝の前あたりが痛み出し、最後は一歩ごとに顔がゆがむ。次の登山が怖くなる、そんな声をよく聞きます。

ですが、登山の膝痛にはハッキリした原因と、再現性のある対策があります。鍵は「下り」「股関節と体幹」「使い方」の3つを理解することです。

私は理学療法士(PT)として臨床に10年以上携わり、登山では140座以上を歩いてきました。整形外科リハから急性期病院まで、膝の痛みを訴える方を数えきれないほど担当してきた経験と、自分自身が下りで膝を痛めかけた実体験の両面から、本記事をまとめます。

本記事では、登山で膝が痛くなる前に知っておきたい3つのことを、研究データと臨床知見をもとに整理します。読み終わるころには、「なぜ痛くなるのか/山でどう守るか/家でどう備えるか」がつながった形で理解できているはずです。

1. 膝痛の正体は「下り」で増える膝前面の負荷

最初に押さえておきたいのは、登山の膝痛は 「下り」で起こることが圧倒的に多い ということです。これは経験的な話ではなく、生体力学的な研究で繰り返し示されています。

なぜ下りで膝が痛くなるのか

下り歩行では、着地のたびに膝が深く曲がりながら体重を受け止めます。このとき膝蓋骨(膝のお皿)と大腿骨(太ももの骨)の間の関節 — 膝蓋大腿関節 — に強い圧縮力がかかります。Kusterらの研究では、下り歩行は膝蓋大腿関節にとって負荷の大きい「過酷な課題」だと表現されました[1]。Frenchらの後続研究でも、下り走行で同関節への応力が顕著に増えることが確認されています[2]

つまり、登山の膝痛は「歩きすぎ」ではなく 「下りという特定の動作で膝の前面に負荷が集中する」 ことが根本にあります。

「ランナーズニー」と同じメカニズム

下りで起こる膝前面の痛みは、ランナーに多い**膝蓋大腿痛症候群(PFPS、いわゆるランナーズニー)**と同じ仕組みです[3]。PFPSは原因が一つではなく、

  • 股関節まわりや大腿四頭筋の筋力低下
  • 下肢のアライメント(脚のねじれ・反り)
  • 着地・体重移動の癖

といった複数の要因が重なって発症するとされています[4]

疲労が膝のコントロールを崩す

もう一つ知っておきたいのが、疲れると膝の「位置感覚」が悪化するという事実です。Bottoniらの研究では、下り歩行後に膝のポジションを正確に再現する能力が低下することが示されました[5]

長い行程の終盤に転びそうになる、足を踏み外す、膝がカクッと抜けそうになる——これは気のせいではなく、疲労によって関節を制御する神経系が鈍くなっているためです。

まとめると、登山の膝痛は「下りで集中する膝前面負荷」×「股関節・体幹の機能不足」×「疲労による制御低下」の組み合わせ。だからこそ、対策も多面的に考える必要があります。

2. 山の中でできる3つの対策

メカニズムが分かれば、山の中での対策は具体的に絞れます。ここでは効果が研究で確認されている3つを順に紹介します。

対策1:トレッキングポールを使う

最も再現性のある対策がトレッキングポール(ストック)の活用です。Hawkeらのレビューでは、トレッキングポールは下肢にかかる荷重と力を減らすと明言されています[6]

実際の山歩き試験でも、ポール使用群は筋損傷の指標(CK値)や翌日の筋肉痛が有意に減少したと報告されています[7]。翌日の筋肉痛そのもののケアは、登山翌日の筋肉痛、最短で楽にする方法も参考にしてください。

ただし、効果は正しい使い方が前提です。UIAA(国際山岳連盟)医療委員会の推奨をふまえると、コツは次のとおりです[8]

  • 長さは長すぎないこと。下りでは少し短めに調整するのが基本
  • 体の近くで突く。前方に大きく突き出さない
  • 下りでは上体をやや前傾させ、ポールに体重を分散させる

私自身も山行ではLEKIのトレッキングポールを愛用しています。使用しているのは廃盤モデルですが、現行ラインナップなら Leki の Makalu FX Carbon AS がおすすめです。軽くて折りたたみができ、収納性と剛性のバランスが取れています。テント泊装備の重い行程でも、下りの膝への負担が体感で半分くらいに減ります。

対策2:歩き方を変える

道具に頼るだけでなく、歩き方そのものも見直す価値があります。下りで膝に負担をかけにくい歩き方の原則は3つです。

  • 歩幅を小さく。大股の下りは着地時の衝撃が一気に膝に集中します
  • スピードを落とす。転倒のリスクも下げることができ安全性が増します
  • 段差を下りるときは、一気に大きく下りない。低い段や石を経由して、一段あたりの落差を小さくする。膝が深く曲がるほど膝蓋大腿関節の圧は跳ね上がります

足の置き方・体の向き・ポールとの連携まで含めた下りの歩き方は奥が深いテーマです。具体的なコツは登山の「下り」で膝を守る歩き方で詳しく解説しているので、あわせてどうぞ。下りの安定や着地の衝撃は靴選びにも左右されるので、登山靴の選び方も参考になります。

対策3:荷物を軽くし、早めに休む

体重と荷物の合計が膝にかかる総荷重です。装備の見直しと休憩戦略も立派な膝対策になります。

  • 軽量化できるアイテム(テント、寝袋、調理器具)から優先的に見直す
  • 長い下りでは、痛みが出る前にこまめに休憩を入れる
  • 行動食をしっかり摂る。低血糖は筋制御を落とします

加えて、すでに膝に不安がある方や、テント泊などで荷物が重くなる行程では、膝サポーターを保険として用意しておくと安心です。ザムストのZK-7は、膝蓋骨の安定と内外側からの圧迫サポートを兼ね備えていて、下山時の補強として現場でもよく勧められる定番です。

ただしサポーターはあくまで補助。根本対策にはならないので、次に紹介する自宅トレと組み合わせて使うのが王道です。

3. 家でできる予防トレーニング(週3回・20分)

ここまで読んで、「結局、根本的に膝を守るには何をすればいいの?」と思う方が多いはずです。答えは明確で、股関節・体幹を中心とした自宅でできる筋トレです。

なぜ「膝」ではなく「股関節・体幹」なのか

PFPSの予防・改善に関する複数の系統的レビューで、近位筋(股関節・体幹)を含む運動プログラムが痛みと機能の改善に一貫して有効だと結論づけられています[9][10]。Petersenらのレビューでも、下肢・股関節・体幹の筋を含むプログラムが推奨されています[4]

理由はシンプルで、膝は股関節と足首の間にある「動かされる関節」だからです。上流の股関節がぐらぐらだと、膝はそのしわ寄せを受けます。膝だけ鍛えても、上流が変わらなければ症状は戻ってきます。

週3回・20分の自宅メニュー

参考研究を踏まえ、PT視点で組んだ基本メニューが以下です。1種目あたり1〜2分、合計15〜20分で完結します。

種目回数・セット主に効くところ
椅子からの立ち座り8〜12回 × 2〜3セット大腿四頭筋・お尻
横向き脚上げ/クラムシェル10〜15回 × 2〜3セット股関節外側
ヒップリフト10〜15回 × 2〜3セットお尻・体幹
低い段差からの片脚下ろし6〜8回 × 2セット大腿四頭筋の遠心性制御
片脚立ち30〜45秒 × 2セットバランス・足関節

登山の膝痛予防に効く自宅トレ5種目 椅子の立ち座り・クラムシェル・ヒップリフト・片脚下ろし・片脚立ちの正しいフォームを理学療法士が図解 ヤマカルテ

ポイントは 「回数より動きの質」 です。鏡を見て、

  • 膝が内側に入っていないか
  • 体が左右に大きく揺れていないか
  • 動きが早すぎないか

を確認しながら進めます。痛みが鋭く出る種目はその日は飛ばし、翌日に痛みが残るなら負荷を一段下げます。Saltychevらのメタ解析では、保存療法の効果には大きな個人差があると指摘されており、自分の反応を見ながら微調整する姿勢が大切です[11]

いちばん効くのは「低い段差からの片脚下ろし」

5種目のなかで最も「下り対策」に直結するのが、低い段差からの片脚下ろしです。下りで必要な大腿四頭筋の遠心性収縮(筋肉が伸ばされながら力を出す動き)をピンポイントで鍛えられます。

登山の膝痛予防に効く低い段差からの片脚下ろしのやり方を2ステップで理学療法士が図解 ヤマカルテ

自宅では、最初は階段の一段目で十分です。慣れてきたら高さを少しずつ変えると負荷を細かく調整でき、無理なくステップアップできます。自宅トレの組み立て方や、続けやすくする道具(ステップ台など)の選び方は、復帰トレーニングプログラム3本柱に詳しくまとめていますので、本格的に続けたい方はあわせてどうぞ。

こんな膝痛はすぐ受診を

最後に大事な安全網として、自己判断で様子を見てはいけない症状をまとめておきます。次のいずれかに当てはまる場合は、整形外科を受診してください。

  • 鋭い痛みや、刺すような痛みがある
  • 膝がはっきり腫れている、熱を持っている
  • 膝が引っかかる感覚や、急に「カクッ」と抜ける
  • 数日休んでも痛みが引かない、悪化している
  • 受傷したきっかけ(転倒、ひねりなど)が明確にある

これらは半月板損傷、靭帯損傷、軟骨損傷などの可能性があり、オーバーユース型のPFPSとは別の対応が必要です。判断に迷ったら、まず医療機関が原則です。

まとめ:膝痛を「予防」のフェーズで止める

登山で膝が痛くなる前に知っておきたい3つを、最後に整理します。

  • 膝痛の正体は「下りで集中する膝前面の負荷」。原因は膝そのものより、股関節・体幹・使い方にあることが多い
  • 山の中での対策3本柱は「トレッキングポール/歩き方/装備と山行計画」。ポール使用は研究的にも筋損傷の減少が確認されている
  • 家での予防は「股関節・体幹中心のトレーニング」。膝だけ鍛えるより、近位筋を含めたプログラムのほうが効率が良い

膝の痛みは、出てから治すより「出る前に防ぐ」ほうが圧倒的にコスパが良い症状です。今日できる小さな1歩——靴下を履く前に椅子で立ち座りを10回——から始めてみてください。

3か月後、「下りでも膝が痛くならなかった」と笑って言える日を、ヤマカルテは応援しています。


参考文献

  1. Kuster et al., 1993. Stress on the femoropatellar joint in downhill walking — a biomechanical study. Zeitschrift für Unfallchirurgie und Versicherungsmedizin.
  2. French et al., 2018. Patellofemoral Joint Stress During Uphill and Downhill Running in Healthy Individuals. (study report).
  3. Kadłubowska et al., 2025. Clinical and biomechanical perspectives on runner’s knee: a literature-based review of patellofemoral pain syndrome. Quality in Sport.
  4. Petersen et al., 2013. Patellofemoral pain syndrome. Knee Surgery, Sports Traumatology, Arthroscopy.
  5. Bottoni et al., 2015. The Effect of Uphill and Downhill Walking on Joint-Position Sense: A Study on Healthy Knees. Journal of Sport Rehabilitation.
  6. Hawke & Jensen, 2020. Are Trekking Poles Helping or Hindering Your Hiking Experience? A Review. Wilderness & Environmental Medicine.
  7. Howatson et al., 2011. Trekking poles reduce exercise-induced muscle injury during mountain walking. Medicine & Science in Sports & Exercise.
  8. Use of Hiking Sticks in the Mountains – Recommendation of the Medical Commission of the UIAA, 2020. Health Promotion & Physical Activity.
  9. Peters & Tyson, 2013. Proximal exercises are effective in treating patellofemoral pain syndrome: a systematic review. International Journal of Sports Physical Therapy.
  10. Anderson & Herrington, 2003. A comparison of eccentric isokinetic torque production and velocity of knee flexion angle during step down in patellofemoral pain syndrome patients and unaffected subjects. Clinical Biomechanics.
  11. Saltychev et al., 2018. Effectiveness of conservative treatment for patellofemoral pain syndrome: A systematic review and meta-analysis. Journal of Rehabilitation Medicine.