
梅雨明けの最初の山で、いつもの登りがやけにつらかった経験はないでしょうか。体力は落ちていないはずなのに、心拍が上がって足が止まる。同じコースを9月に歩くと、あんなに苦しくなかったりします。
体力だけでは説明がつきません。差をつくる要素のひとつが、体が暑さに慣れているかどうかです。暑い環境で運動を繰り返すと、血液の量が増え、汗が早く出るようになり、同じ暑さでも体温と心拍が上がりにくくなります。これを暑熱順化(しょねつじゅんか)といいます。
私は理学療法士(PT)として臨床経験10年以上、山は140座以上を歩いてきました。この記事では、暑熱順化で体に何が起きるのか、そして山に行けない平日にどう身につけるかを、研究データをもとに具体的な手順まで落とします。
熱中症そのものの見分け方と対処は夏山の熱中症対策にまとめました。この記事は、その予防を「事前の準備」の側から掘り下げるものです。
読み終えるころには、次の山までの2週間に何をすればいいかが決まります。
「暑さに慣れる」は、気のせいではない
暑熱順化は、感覚の問題ではありません。測定できる体の変化がいくつも起こります。
Périardらのレビューは、暑い環境での運動を繰り返したときに起きる適応をこう整理しています[1]。発汗の改善、皮膚の血流の改善、体温の低下、心血管系にかかる負担の減少、体液バランスの改善、そして細胞レベルでの保護です。結果として、暑い環境でのパフォーマンスが上がり、重い熱中症のリスクが下がります。
同じ研究グループは、循環の側からも整理しています[2]。体の総水分量が増え、血漿(けっしょう)量が増え、一回拍出量(心臓が1回で送り出す血液量)が保たれやすくなり、同じ運動をしても心拍数が低くなる。暑さのなかで筋肉にも皮膚にも血を送らなければならない、という無理のある状況が、少し楽になるわけです。
暑熱順化で体に起きる3つの変化
具体的に何が変わるのかを、順に見ていきます。この3つは変化するタイミングが違うので、あとで出てくる「何日かかるか」の話につながります。
①血液の量が増える
もっとも早く現れる変化です。血漿量が増えて総水分量が増えると、心臓が1回で送り出せる量が増えます[2]。同じ速さで登っても心拍が低く収まり、余裕が生まれます。
②汗が早く、多く出るようになる
暑熱順化していない体は、体温がかなり上がってからようやく汗をかき始めます。暑熱順化が進むと、より低い体温の段階で発汗が始まり、量も増えます[1]。早めに冷却が働くぶん、体温のピークが低くなります。
「汗かきになる」と聞くと損な気がしますが、逆です。汗をかけないことのほうが危険で、体温を下げる手段を1つ失っている状態にあたります。
③汗の塩分が減る
見落とされがちですが、大事な変化です。Klousらは8名に10日間の暑熱順化を行い、汗の成分を測りました[3]。10日目には汗のナトリウム・塩化物・乳酸の濃度が、初日の約60%まで下がりました。
体が塩分を汗として捨てずに、体内に残せるようになるということです。同じ量の汗をかいても、失う塩分は少なくなります。なお、汗に含まれる塩分の濃さにはもともと個人差があり、一律の補給量は決められません。何をどう飲むかは登山の水分補給にまとめています。
ただし、この研究は筋けいれん(こむら返り)そのものを調べたわけではありません。汗の塩分が減ることと足がつりにくくなることは、つなげたくなりますが別の話です。こむら返りの原因と対処は登山で足がつる原因と予防にまとめました。

何日かかるのか——5日で心拍、汗はもっと先
暑熱順化の3つの変化は、獲得するのにかかる日数が異なります。 心拍と深部体温は5日以上で適応が得られ、汗の適応はもっと先です。
Daanenらは12の研究を統合したメタ解析で、5日以上の暑熱順化があれば心拍数と深部体温の適応が得られると結論づけています[4]。1日あたりの暑熱曝露の時間を長くすると、深部体温の適応はさらに大きくなりました。
一方、汗の適応はゆっくりです。先ほどのKlousらの研究では、汗のナトリウムと塩化物の節約は3日目から始まったのに、発汗量そのものが増えたのは腕で8日目、背中で7日目でした[3]。同じ「暑熱順化」でも、中身によって数日から10日まで幅があります。
実用的にはこう考えてください。
- 5日あれば、心拍と体温の面では変わり始める
- 10日から2週間かけると、発汗の適応まで含めた形になる
- 3日で「もう慣れた」と判断するのは早い

山に行けない平日に、どう身につけるか
研究で使われるのは、環境チャンバー(温度と湿度を管理した部屋)での自転車運動です。一般の登山者には現実的ではありません。日常でできる方法は2つあります。

方法① 暖かい時間帯に、軽い運動を30〜40分
もっとも素直な方法です。汗をしっかりかく強度で、30〜40分。息が弾むが会話はできる程度で構いません。涼しい室内より、屋外の暖かい時間帯のほうが刺激になります。
暑熱順化を起こす条件は、強度・時間・頻度・回数・環境の組み合わせで決まります[1]。強度を上げるより、暖かい環境にいる時間を確保するほうが安全です。
方法② 運動のあとに、湯船につかる
こちらのほうが取り入れやすいかもしれません。Zurawlewらは、暑さに慣れていない男性17名を対象に、涼しい環境(18℃)で40分走ったあと、40℃の湯に40分つかるという手順を6日続けました[5]。
結果は明確でした。安静時の直腸温が0.27℃下がり、33℃の環境での5kmタイムトライアルが4.9%速くなりました。同じ運動のあとに34℃のぬるい湯につかった対照群には、変化がありませんでした。
さらに同じグループは、この6日間で得た適応が少なくとも2週間保たれることを確認しています[6]。2週間後の時点(9名)で、安静時の直腸温は0.36℃低く、心拍数は14拍/分低く、暑さの感じ方も主観的なきつさも下がったままでした。
山の2週間前に6日間集中しておけば、当日まで持ち越せる可能性があるということです。
ただし、この2つの研究の対象は暑さに慣れていない健康な成人男性で、走る強度も湯温も管理下で測りながら行われています。人数も10名前後と多くありません。家庭でそのまま同じ結果が出るとは限らないので、再現を保証する手順ではなく、進め方の参考例として読んでください。
暑熱順化は、どれくらいで消えるか
身につけた暑熱順化は、放っておくと失われます。ただしすべてが同じ速さで消えるわけではありません。
Daanenらのメタ解析によれば、暑さから離れた1日ごとに、心拍数の適応は約2.3%、深部体温の適応は約2.6%失われます[4]。おおよそ1日あたり2.5%と覚えておけば十分です。単純計算で、2週間離れると3分の1ほどが抜けることになります。
ただし、ここには救いが2つあります。
ひとつは、取り戻すほうが速いこと。同じ解析で、心拍数と深部体温の適応については、再順化が減衰の8〜12倍の速さで進むと報告されています[4]。ゼロからやり直しにはなりません。なお発汗量については、同じ差は確認できていません。
もうひとつは、心血管系の適応はしぶといことです。Gerrettらは10日間の暑熱順化のあとに28日間まったく暑さに触れない期間を置きましたが、初期値まで戻ったのは発汗量・疲労困憊までの時間・平均皮膚温だけでした[7]。心拍や体温の適応は28日後も残っていたのです。そして戻ってしまった発汗量も、5日間の再順化で回復しました。
実践に落とすと、こうなります。あくまで管理された実験から引いた目安で、個人差があります。
- 夏のあいだ山が空いても、週に1〜2回、汗をかく日をつくっておく
- ひと月空いてしまっても、5日ほど前から再開する。ただし5日で元どおりになるとは限らない
- 「またゼロから2週間」と身構える必要はない

中高年・体力に自信がない人へ
「若い人向けの話では」と思われたかもしれません。ここは正直に、分かっていることと分かっていないことを分けて書きます。
Pandolfのレビューは、中年(45〜64歳)は若年者より暑さに弱く、暑熱順化の過程でも生理的な負担が大きいと報告しています[8]。ただし同じレビューには続きがあります。習慣的に体を動かしている、あるいは有酸素トレーニングを積んだ中年男性では、暑さへの耐性も順化の反応も若年者と同等か、それ以上でした。
差をつくっているのは年齢そのものというより、日頃の活動量と有酸素能力だという整理です。これは臨床で高齢の方を見ていても納得できます。
50歳以上を含む12の研究をまとめたシステマティックレビューでも、短期の暑熱順化は50歳以上でも実行可能とみられ、深部体温の低下が8研究で確認されました[9]。ただし対象は主に健康で運動ができる50〜76歳で、大半が自転車と環境チャンバーを使った研究です。著者らは、この年代のデータがまだ限られていること、既存の手順が特殊な機材を前提としていて運動できない人には向かないことも指摘しています。そのうえで、受動的な温浴が現実的な選択肢になりうると述べています。

夏山から逆算する、2週間の予定表
暑熱順化を次の山から逆算すると、2週間の予定表に落とせます。

日数はあくまで目安です。 体調で前後させて構いませんし、仕事や天候で崩れても問題ありません。大事なのは前半で回数を確保しておくことと、直前2日は積み上げず、体を休めた状態で当日を迎えることです。
山行が続くときは、間の平日に週1〜2回、汗をかく日を入れておいてください。ひと月空いたら、5日ほど前から再開します。
ただし、どの日数よりも優先されることがひとつあります。熱中症警戒アラートが出ている日は中止です。予定を守るために暑い日へ出ていく——これがいちばん避けたい形になります。
もっと長い準備が必要な山——たとえば富士山のように標高が絡む山では、暑熱順化とは別の対策が要ります。体力づくり全体の組み立ては登山復帰のトレーニングプログラムを参照してください。
まとめ:暑熱順化は、5日で始まり2週間で仕上がる
- 梅雨明けの1本目がつらいのは、体力だけでは説明がつかない。暑熱順化の不足が重なっていることが多い
- 起きる変化は3つ——血液量が増える/汗が早く多く出る/汗の塩分が減る[1][3]
- 心拍と体温は5日ほどで変わり始める。発汗量が増えるのは7〜8日目より先で、仕上げには10日から2週間[3][4]
- 平日にできる手順は2つ。暖かい時間帯に30〜40分の運動か、運動後に40℃の湯へ40分。後者は健康な成人男性で6日間の効果が確認され、少なくとも2週間保たれた[5][6]
- 1日あたり約2.5%ずつ失われるが、心拍と深部体温については取り戻すほうが8〜12倍速い[4][7]
- 50歳以上でも暑熱順化は起こる。分かれ目は年齢より、日頃の活動量[8][9]
- ただし暑熱順化は熱中症を防ぎきる保険ではない。水分・電解質・休憩は変わらず必要で、警戒アラートの日は中止が優先
暑さは、装備で買えない数少ない条件のひとつです。ザックの中身をいくら整えても、暑い日の登りが楽になるわけではありません。
けれど、山に行く前の2週間の過ごし方なら変えられます。夕方に少し汗をかいて、帰って湯船につかる。それだけで、次の夏山の1本目が違って感じられるかもしれません。
参考文献
- Périard JD, Racinais S, Sawka MN. 2015. Adaptations and mechanisms of human heat acclimation: Applications for competitive athletes and sports. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports.
- Périard JD, Travers GJS, Racinais S, Sawka MN. 2016. Cardiovascular adaptations supporting human exercise-heat acclimation. Autonomic Neuroscience.
- Klous L, De Ruiter C, Alkemade P, Daanen H, Gerrett N. 2020. Sweat rate and sweat composition during heat acclimation. Journal of Thermal Biology.
- Daanen HAM, Racinais S, Périard JD. 2018. Heat Acclimation Decay and Re-Induction: A Systematic Review and Meta-Analysis. Sports Medicine.
- Zurawlew MJ, Walsh NP, Fortes MB, Potter C. 2016. Post-exercise hot water immersion induces heat acclimation and improves endurance exercise performance in the heat. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports.
- Zurawlew MJ, Mee JA, Walsh NP. 2019. Post-exercise Hot Water Immersion Elicits Heat Acclimation Adaptations That Are Retained for at Least Two Weeks. Frontiers in Physiology.
- Gerrett N, Alkemade P, Daanen H. 2021. Heat Reacclimation Using Exercise or Hot Water Immersion. Medicine and Science in Sports and Exercise.
- Pandolf KB. 1997. Aging and human heat tolerance. Experimental Aging Research.
- Cole E, Donnan KJ, Simpson AJ, Garrett AT. 2023. Short-term heat acclimation protocols for an aging population: Systematic review. PLOS ONE.